証券取引審議会総合部会
市場ワーキング・パーティー報告書(抜粋) |
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「信頼できる効率的な取引の枠組み」
平成9年5月16日
主査 蝋山 昌一
目 次
1.総論
2.取引所市場のあり方の見直し
(以下、省略)
1.総論
(1) 我が国証券市場には、巨額な金融資産の運用と内外の資金需要への資金配分の双
方を、効率的かつ公正に行う役割が求められている。したがって、我が国証券市場
の改革は、証券市場がこのような役割を十分適切に果たせるようにするものでなけ
ればならない。
(2) 資産運用・資金調達が「効率的」に行われるには、競争原理の導入が不可欠であ
る。具体的には、市場に参加する運用者及び調達者の双方に対して多様な選択を行
う自由が保証され、競争原理の下で市場仲介が行われる必要がある。市場仲介者に
は、魅力ある商品及びサービスを提供するために可能な限りの自由度が与えられる
べきである。その一環として、市場仲介者には、市場参加者のニーズに最も適した
取引の場を選択し、取引を効率的に執行することが許容されるべきである。これら
を通して、市場参加者は効率的な市場の成果を享受することとなろう。
今後、国内の様々な証券市場では、市場参加者の多様なニーズにこたえ、いかに
魅力ある取引サービスを効率的に提供しうるかについての競争が支配的とならなけ
ればならない。この場合、市場が提供しうる取引サービスとしては、高い流動性の
提供による容易な価格発見と安定した価格形成、価格形成過程の透明性向上、取引
コストの低減、決済リスクの削減、取引の公正性確保等が含まれる。このようなサ
ービスの提供を巡って国内各市場間での競争が促進されれば、我が国市場全体とし
ての競争力強化が図られ、国際的に見ても我が国市場は魅力あるものとなっていく。
市場間競争を促進するに当たっては、特に取引所市場や店頭登録市場といった制
度化された市場の取引の枠組みを抜本的に見直し、それぞれの市場がそれぞれの機
能をより発揮していけるようにする必要がある。これら制度化された市場の間では
上場・登録企業を獲得するための競争も展開されることとなろう。他方、これらの
市場以外での取引の役割も増大することが予想され、制度化された市場との間で取
引執行の場を巡る競争が展開されることとなろう。
(3) 資産運用・資金調達が「公正」に行われるには、信頼できる取引の枠組みの確立
が不可欠である。この観点から、参加者が一定のルールに基づいて取引を行う取引
所市場や店頭登録市場は、ますます大きな意義を持つこととなる。これらの市場が
期待される機能を更に一層発揮していくには、取引決済システムの整備をはじめと
する証券市場のインフラ整備が極めて重要である。殊に、通信・情報技術の高度化
に対応し、グローバル・スタンダード(国際的に事実上成立している基準)と整合
的な形での取引決済システムの整備は喫緊の課題である。
また、市場間競争の活発化に伴い、制度化された市場以外の市場、すなわち未上
場・未登録株式を取り扱う市場や証券取引の電子化に対応した市場あるいは様々な
証券化商品市場の整備が求められてくる。このため、これら新しい市場での公正な
取引を担保するためのルール整備等が必要となる。更に、市場の公正性の確保のた
めには、市場ルールの整備だけでなく、ルール違反に対する、行政及び自主規制機
関の厳正な対応が求められる。証券市場の自由化の中で、監視、検査の果たすべき
役割はますます大きくなっており、その体制の整備も必要である。
2.取引所市場のあり方の見直し
(1) 取引所集中義務の現状
我が国証券市場、なかんずく株式市場においてこれまで中心的役割を果たしてき
たのは東京をはじめ全国8都市に開設されている証券取引所である。取引所は、需
給の集約による公正な価格形成及び効率的な証券取引の実現に当たって重要な役割
を担ってきた。取引所は、証券取引の分野で特別な地位を認められ、独占禁止法の
適用を受けずに、証券取引法上の自主規制機関として会員証券業者の行動に一定の
制約を課すことが容認されてきた。しかしながら、このうち、取引所定款による取
引所集中義務や取引所受託契約準則による固定手数料制は、競争制限的なものとな
っているのではないかと指摘されるようになってきた。
証券市場改革に当たって、競争促進は不可欠な要素である。競争は、市場仲介者
間のみならず市場間においても促進される必要がある。市場参加者及び仲介者が、
それぞれの取引ニーズに合わせて、最もふさわしい取引の場を自由に選択できるよ
うにすべきである。そのためには、会員証券会社に対して上場有価証券の取引を取
引所において執行することを義務づけている取引所集中義務は、その撤廃を含め、
抜本的に見直す必要がある。このことは、とりも直さず、取引所市場のあり方その
ものを抜本的に見直すことを意味している。
取引所集中義務は、取引所市場に厚みを与えるとともに、公正な価格形成に資す
ることを目的として設けられている。戦後の我が国証券市場、なかんずく株式市場
においては、この取引所集中義務の下で取引所に需給を統合することにより公正な
価格形成、取引の円滑化が図られてきた。市場の信頼を高めていく必要性は、今後
ますます高まっていくものと考えられるため、取引所市場のあり方の見直しに当た
っては、公正な価格形成機能を阻害するようなことがあってはならない。
(2) 取引所集中義務の見直し
近年、取引所集中義務を見直す必要があるとの声が急速に高まっているが、その
背景としては以下のような環境変化が指摘される。
第一に、前述の通り、市場間競争を促進する観点から、証券会社の取引の執行を
行う場を制約している規制を、その撤廃をも含め、抜本的に見直していく必要があ
る、との指摘が強まっている。
第二に、市場における機関化現象の進展に伴い、株式注文の大口化やバスケット
化が進む等投資家の取引ニーズが一層多様化してきている。また、取引コスト削減、
即時一括執行、匿名性等を求める動きも高まっている。このため、現在の取引所の
取引システムにおいては効率的な執行が難しい取引形態が増加してきている。例え
ば、機関投資家が取引所において大口の売買注文を発注した場合、注文約定に相当
の時間を要する(時間リスク)ほか、約定価格もあらかじめ想定できない(価格リ
スク)という指摘がある。また、機関投資家が一度に複数銘柄をまとめて取引する
バスケット取引を注文しようとした場合、取引所においては一括した取引執行が困
難であるとともに、バスケット全体としての約定価格をあらかじめ想定できないと
いう指摘もある。したがって、取引所は、このようなニーズにこたえていくため、
取引所集中義務を弾力的に見直していく必要がある。
第三に、通信・情報技術の発達に伴い、従来の取引所の枠組みを超えた取引の出
現に備える必要が生じている。各種の市場情報が容易に入手できるようになれば、
市場へのアクセス度も高まり、市場参加者による取引手法の選択の範囲は急速に広
がろう。また、取引所非会員の証券会社が取引所定款に拘束されずに自由に新たな
ニーズにこたえるための取引を行っていくことが予想され、会員証券会社との間で
アンバランスが生じる懸念も指摘される。更に、今後、電子媒体を利用した私設市
場が開設される可能性をも踏まえた市場インフラやルールを整備していく必要性が
高まっている。
第四に、証券取引の国際化が進展するのに伴い、国内で執行しにくい取引は簡単
に国外へ流出していく可能性が高まっている。平成10年4月からの実施が予定さ
れている外為法改正による自由化は、そのような国際的な市場間競争を一層加速す
るものと思われる。したがって、取引所集中義務のように、国内の市場仲介者を通
じた取引の手法に制約を課している制度は、速やかにそのあり方を見直し、我が国
証券市場を国際的に見て、利用者にとって魅力あるものとしていくためには、取引
所市場の効率化を進めていく必要がある。
(3) 検討の方向性
証券市場を巡る環境変化に的確に対応して、取引所の機能を向上させていくため
には、取引所市場のあり方について以下のような検討が必要である。
第一は、現行の取引所内における取引システムの見直し及び所要の改善である。
具体的には、例えば、大口・バスケット取引に対応した売買制度の導入、立会時間
外の取引需要に対応するための終値売買制度の導入や立会時間の延長等が検討対象
となろう。これら取引所内取引システムの改善については、取引所が主体性を持ち、
投資家及び会員証券会社のニーズに対応して適切な改善措置を講じていかねばなら
ない。
第二は、取引手法の一層の多様化を図るためには取引所内の取引システムの改善
だけでは不十分であり、取引所外取引を認める方策である。この場合、個人投資家
を含む幅広い投資家が安心して市場に参加できるようにする観点から、取引所集中
義務の考え方は残し、取引所外取引は大口・バスケット取引等の新たなニーズに限
定して認めてはどうかとの考え方もあろう。しかしながら、取引所集中による公正
な価格決定の意義は認められるとしても、市場間競争を徹底させるためには、現在
定款により課されている義務を撤廃することが必要である。これにより、個人投資
家による取引を含め、全ての投資家による取引について取引所外取引を認めること
が適当である。
第三は、新たに取引所外取引を認める場合、取引所外での取引において執行され
る価格と取引所における価格との関係についての整理である。取引所外取引におい
て独自の需給関係による価格形成が行われる場合、それは公正かつ透明に行われる
必要がある。そのためには、取引所外取引を行う証券会社に対して、常時、気配を
提示し、各社・各取引所の気配をシステム的にリンクした上で、顧客の注文を最良
の価格で執行する義務を負わせることが前提条件となる。しかしながら、このよう
なインフラを整備するためには多大なコスト及び相当の準備期間が必要となる。ま
た、取引所外取引への需給の分散が主たる市場である取引所の流動性を低下させ、
むしろ公正な価格形成が阻害される惧れもある。したがって、将来的には我が国証
券市場のあり方としてそのようなシステムを構築した市場という選択肢もありうる
ものの、我が国の現状からすれば、当面、取引所の価格形成機能を最大限活用した
枠組みの構築の方が効率的かつ望ましいと考えられる。
第四は、取引所外取引を認める場合、投資家保護の観点から取引の公正性確保の
面での手当てである。従来は、取引所集中義務によって取引執行を取引所に集中さ
せることで、競争原理を働かせた公正な価格決定が確保されると考えられていた。
しかし、情報伝達手段が高度に発展した今日においては、むしろ重要なのは価格情
報の報告・集中・公表であって、取引執行の取引所への集中ではない。したがって、
取引所外取引を認めた場合には価格情報の報告・集中・公表が不可欠な要素となる。
また、取引所外取引に対しても公正取引を担保するためのルールが課されることが
必要である。
(4) 取引所集中義務撤廃のスキーム
我が国において取引所外取引を認めていくに当たっては、以下のスキームを中心
に検討することが適当である。今後、関係者間で実務的な検討を進め、証券取引法
の改正を含め所要のルール整備を図った上で、できるだけ早期に実施に移されるべ
きである。なお、法改正に先立ち、投資家ニーズに対応するため取引所内取引の改
善策として実行しうるものについては早急に実施されるべきであることはいうまで
もない。また、債券等についてはその特性等に応じた所要の措置がとられるべきで
ある。
@ 取引所定款における取引所集中義務は削除されるべきである。但し、これは
公正な価格形成を行う上で取引が取引所に集中することの意義を否定するもの
ではない。
A 取引所外取引を行う際の取引価格は、立会時間中については、価格の公正性
を確保するため、取引所における当該銘柄の価格の一定範囲内とする。具体的
には、今後の検討課題であるが、例えば小口取引では最良気配の範囲内、大口
取引では直近時価の上下数%以内という考え方がとられるのが適当である。こ
の際、大口等の定義は平均的な取引量に照らして銘柄ごとに決められることが
適当である。なお、立会時間外に取引所外で行われる取引の価格については、
特段の制限を設けないこととするべきとの意見もあるが、今後、実務的に検討
を深める必要がある。
B 取引の公正性・透明性を確保する観点から、証券会社は投資家に対して、取
引態様(取引所内か仕切売買か等)を説明し、投資家が仕切売買を明示的に希
望した場合にのみ、仕切売買で執行するものとする。
C また、証券会社は、取引所外取引の内容(価格、約定数量、時間等)を直ち
に自主規制機関に報告する義務を負う。自主規制機関は、取引内容を原則とし
て直ちに公表することとする。なお、報告の方法及び内容並びに情報の公表方
法等については、今後、実務的に検討を深める必要がある。
D 取引所外取引についても取引所取引と同様の公正取引ルールを整備するとと
もに、売買停止等の緊急措置の実効性を確保する等所要の法整備を図ることと
する。
(5) 私設取引システムへの対応
従来、我が国においては、非会員証券会社を含めて、上場株式等の需給は
全て取引所に集約されてきた。しかしながら、取引所集中義務が撤廃されれば、
今後、証券会社及び投資家等による私設取引システム(伝統的な取引所とは異な
る私的な組織が電子的技術を活用して取引サービスを提供する取引システム)の
開設が予想される。このような新たな取引形態に関しても、取引の公正性が確保
できるよう法的な手当てを整備する必要がある。
この場合、新たな取引システムが、取引所と同程度の高い価格形成機能を有した
ものとなれば、そのようなシステムは、当然、取引所としての規制を受ける必要が
あろう。しかしながら、当面、このようなシステムでは、基本的に取引所の価格形
成機能を活用し、取引所と同程度の高い価格形成機能は有しないと考えられるので、
取引所ではなく、証券業として整理することが適当となる。但し、不公正取引を防
止する観点から、これらについても、証券会社としての規制に加え、取引が行われ
る場としての性質に応じた最低限のルールは課される必要がある。また、そのよう
な手当てが講じられたものについては、証券取引法上において開設を禁止している
「有価証券市場に類似する施設」には該当しないとの立場を法律上明確にすること
が適当である。
なお、経済的に見れば有価証券市場の定義は広く考えられるべきであろうが、証
券取引法上、有価証券市場とは取引所における取引であると限定して定義されてい
る。今後、有価証券取引が行われる場が取引所以外にも広がることが予想されるた
め、このような規定振りを見直す必要性につき検討を深めることが適当である。
(6) 地方取引所のあり方
取引所集中義務の撤廃は、取引所のあり方、特に地方取引所のあり方に対して大
きな影響を与える問題である。具体的には、地方取引所の売買高が一層減少し、取
引所としての価格形成機能の喪失がより顕著になる事態も予想される。このような
中にあって、各地方取引所は、それぞれ独自性を発揮し、創意工夫による効率的な
サービスを提供する努力を強めない限り、現状のままでは取引所としての存在意義
が問われることとなろう。したがって、今後、各取引所及びそれを支える会員証券
会社が主体性をもってそれぞれの取引所のあるべき姿について地元経済界等と議論
を深めていく必要がある。一方、行政にあっては、取引所が自主性を発揮できるよ
う、取引所の参入退出のあり方を含め、取引所市場の法的枠組みについての見直し
を行っていく必要がある。
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